平和のくすり
どこかの国のお偉いさんが、とんでもない発明をした。
故意に誰かを傷つけたら、同じだけの痛みが返ってくる薬。
怪しすぎるその話はたちまち世界中に広まって、どうやら本当らしいとわかってから、薬が世界に広まるのはあっという間のことだった。
導入をする国もしない国もできない国もあったけれど、私たちの国は半年前、この薬の投与を義務化した。
これでこの国は平和になるのだと豪語して。
私はただの学生なので詳しいことは身の回りのことくらいしかわからないけれど。
でもこの半年でこの国はたしかに変わった。
初めの1ヶ月でこの薬で人が1万人死んだ。
半分以上は自殺だった。
自分の与えていた痛みが自分では耐えられないほどのものだったのだろうか。
あまりの生きづらさに絶望したのだろうか。
その1ヶ月をすぎてからは死ぬ人がぐっと減った。
まず殺人事件が少なくなった。
自殺目的の殺人事件なんてバカなこともあるにはあったけれど、それを含めても随分と減った。
国からすればこれが平和なのだろう。
いろんな声が飛び交う中でも薬の義務化をやめる気はなさそうだ。
私の周りだったら、まずわかりやすくいじめが綺麗になくなって。陰口だってもう言う人はいない。
みんな初めは返ってくる痛みと傷つけられないもどかしさで疲れきった顔をしていたけれど、なんだかんだ慣れたようで今ではみんな常に笑顔になった。
半分くらいに減ったクラスメイトも、クラスの統一があって今では同じくらいの人数に戻った。
家に帰ると誰もいなくなった。
お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも。
私の体はもう痛くなくなった。
でもずっと悲しかった。
この薬のダメなところは故意じゃなきゃ意味が無いところ。
この薬を作った人はあんまりにも無神経で、思いやりがないんだろう。
じゃなきゃとっくに死んでいる。
私の痛みで殺しているはずなのに。
この国はすごく平和になった。
私はクラスでも家族からもいじめられなくなった。
たしかに死んでしまいたいほど毎日が苦しかった。
でもいなくなれとは思ったことなんてなかったのに。
今私には死んででも殺したい人がいる。
でもその人はどこにいるかわからなくて、わかったとしても会いに行けるお金もない。
ああ、ただ一度、はっきり目を見て「早く痛みに気がつけよ」と言えたなら