三題噺03 階段、星、旅人

静かな平原の中に、背の高い家が建っていた。
それは、サバンナに1人で佇むキリンのような。木の代わりに雲を食べようと必死に首を伸ばしているようだった。
僕はお腹が減っていた。もうリュックの中には何も食べられるものはない。何も無いこの平原で、食べられそうなものを探していたら細長い家を見つけたのだ。
ドアを叩いた。ドドドドドン。メ シ を く れ。
ドアの向こうから階段を降りてくる足音と声が聞こえた。
「はーい、どちら様ですかー?」
開いたドアの先には、小さな男の子がいた。
綺麗な刺繍の入ったワンピースのようなものに、上からベストを羽織っていた。どこかの民族衣装のようだ。キラキラしていて自分とは別世界の住人のように見える。
「すごくお腹が減っているんだ。何か食べさせてくれないか」
「わ、わ、本当だ。顔も真っ白。ボロボロのほそほそでボソボソじゃあないですか!早く入ってください。どうぞどうぞ」
入ると中は丸い大きな部屋と、壁に沿って上に登る階段があった。
「座ってください、今食べ物と飲み物を用意しますので」
「あぁ、ありがとう」
部屋の中央にあるソファはふかふかとしていた。疲れが吸い込まれていくような心地がする。
「旅人さんなんですか?」
声変わり前の綺麗な声が部屋に響く。
「そんなところだよ。ここに来る前にはイチョウが綺麗な街にいた。銀杏が特産でね、3人に1人はちょっと口がくさいんだ」
「ふふ、面白いですね」
部屋の隅の台所の方から、カチャカチャと優しい金属音が聞こえる。
「その前は雪が頭の先まで積もる街だ。除雪機が発達していてね。メイド型だとか、氷に変えてくれる機械だとか、超大型除雪車だとか。でもメインは1日1回街中に吹かれる特殊塩水で、一気に解かしてくれるんだ。最初は知らないから思いっきり浴びちゃって頭が痒くなっちゃったんだ」
「毎日海水浴気分ですね」
オーブントースターがジジジジと焦らす音がする。
「にしても、ここまで何にもない場所は久しぶりだよ。砂丘でさえもっと観光客がいたのに」
「何にもないこともないですよ。風は気持ちいいし、夜は星がすごく綺麗なんです。でも、たしかに人は全然来ないのであなたと会えて私は幸せです」
チンッと音がして、いい匂いが部屋に広がる。
「お待たせしました」
テーブルの上に焼き目のついた白い大きなパンと、天井の光を跳ね返しキラキラと光るスープと、見たことのない透明色のジャム、コップに入ったお茶が置かれた。
「いただきます」
手を合わせて一礼をした後パンにジャムを塗り口に入るだけ詰め込む。久しぶりのご飯は暖かくて甘くて信じられないほど美味しかった。
「本当にお腹がすいていたんですね」
にこにこと嬉しそうにこちらを眺める男の子に見守られながら、あっという間にご飯を食べ尽くした。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ、ありがとう」
「いえいえ。お疲れのようですし、今日はここに泊まっていってください」
「ありがとう、助かるよ」
この家に男の子の両親がいないことは、彼の言動でなんとなく感じていたことだった。
「寝室は上です。少し階段が長いですが、ついてきてください」
男の子の後に続き上にのびる螺旋階段を上っていく。段差は低く、思ったほど疲れない。
「上の部屋からは外が見えるので、晴れていれば星がとても綺麗に見えますよ」
「それはすごいね、この家は星を近くから見るためにこんなに背が高いの?」
「それも大きいと思います」
"それも"?と聞こうとして、口を閉じた。階段は終わり、部屋に着いたのだ。ガラス張りの部屋の外からは星が綺麗にまたたいていた。
「すごいな、これは……」
「そうでしょう。このベッドで星を眺めながら今日はゆっくり休んでください」
そういうと男の子は階段をとんとんと降りていった。
吸い込まれそうな星空と暖かなベッドのぬくもりに包まれていると、睡魔に襲われるのは一瞬のことだった。


穏やかな太陽の光で目が覚めた。
ここはどこかと辺りを見回し、だんだんと思い出してきた。そうか、今日は泊めてもらっていたんだった。
寝起きのぼんやりした頭で、柔らかなベッドでぼーっと空を眺める。気持ちいいなぁ。ここは何もないところじゃなかった。
ふぅと息を吐き体を起こす。ドアを開け階段を下りるといい匂いがしてきた。
「おはようございます、そろそろ起きてくる頃かと思いました」
男の子は下からこちらを見上げにこりと笑った。
「おはよう。朝ごはんまで作ってもらって、なんだか悪いね」
「いえいえ、人にもてなせることなんてなかなかないので」
朝食はスクランブルエッグとウインナー、パンだった。どれも自分の知っているものとは少し違うような気がしたが、味は絶品であった。
「ここから東に向かって歩くのが、他の町への最短ルートです」
「ありがとう、本当にお世話になったよ。ここもいいところだね。すごく」
「ふふ、そうでしょう」
自慢気にはにかむ顔は、男の子らしい幼さを感じさせた。
「君の名前を教えてもらっても?」
「ステラって言います。お兄さんは?」
「僕は__」
「いい名前ですね。貴方の旅路が幸福なものでありますように」
別れはあっさりとしたものだった。
細長い家に背中を向けて、太陽の昇ってきた方角へ歩いていく。
しばらくしてふと振り返ると、まだ家は遠くに、しかしはっきりと見えた。私はここにいますよと手を振るように。