三題噺01

ティッシュとスリッパと充電器

「よくも!まちのみんなを殺したな!ゆるさないぞ!かいじん28号!」

覚えたての拙い日本語が暗い夜空にキラキラと走り出していく。
開いた窓から入ってくる空気は冷たい。

手を止めて声の方へ目をやると、太一先生とリュウト君が向かい合って戦闘態勢に入っていた。
リュウト君は両足に空になったティッシュの箱を履き、おもちゃの剣を構えている。
子どもはおもちゃをよく見つけてくるものだ。
あの箱を履きたくなる気持ちはわかるが、どう見ても動きにくそうだが。

対する男は履いていたスリッパを両手に持ち、一昔前のカンフー映画の主役のように腕をぐるぐる回している。

「ハッ、貴様のようなチビに、なぁにが出来ると言うのだ」

ドスを効かせた悪者声で笑う180cmの男は、ヒーローになりたい100cmの男の子よりもガキんちょにしか見えない。

背が高いのは大抵プラスステータスになるはずのものだが、お世辞にもカッコイイと言える顔をしていない彼にその身長は不釣り合いだった。
真顔は怖く、入ったばかりの園児にはちょくちょく泣かれている。
しかし彼は園児に対しては本気で、大人から見れば痛々しく感じるくらいのバカになるので、打ち解けるのも一番早い。
しかしこの園児と真っ先に仲良くなるバカで不細工ででっかい男は、大人がどうにも苦手なようで園の先生達と打ち解けているところは見たことがない。
嗚呼面倒くさし、大人の人間関係。

「あーー!りゅーとだけズルい!!」

彼らの壮絶な戦いも山場に差し掛かったと思われる頃、ご飯を食べ終えた男の子達が楽しそうな声を聞きつけて集まってきた。

「フンッ、お前らのようなチビ共がいくら集まっても俺様に適うわけがない。まとめてかかってこい!!」

悪役に徹するあまり、吐く言葉は親達に聞かれたらクレームものである。
というか実際に何度か親からのクレームが来たこともある。大人に嫌われるのは宿命であるようだ。

はぁ、と息を吐き時計を見る。そろそろだ。

「はいはい、もうバスの時間ですよ。準備してくださいね」

太一先生の上に乗って切りかかる男の子達を1人ずつめりめりと剥がす。

「えー、もう?」
「あとちょっとで倒せたのにー」

剥がされた子達はぶーぶーと文句を言いながらもおもちゃを持って元あった場所へと返しに行く。
最後には疲れ果ててぜえぜえ息を吐く先生だけが倒れたまま残っていた。

「いっつも無茶しすぎですよ。子どもじゃ無いんだから」

声をかけ手を伸ばすと、無邪気な笑顔と目が合った。

「いやぁ、楽しくってつい」

「親御さんからクレームが来たらどうするんです?またみんなに叩かれますよ」

それは困っちゃうなぁ、と笑う声に悪びれる様子はない。

そんなんだから嫌われちゃうんですよ、と
もう少し反省したらどうですか、と
出したい言葉をぐっと飲み込む。
嫌われることを恐れないのは彼の良いところではあるが、見ているこっちの気持ちにもなってほしい。

「あっ」

ロッカーの扉を開けた彼は突然大きな声を出した。

「どうしました?」

「充電器壊れてたから買いに行かないとなの忘れてた」

こちらに電源のつかないスマホを向けて言った。

「えぇ、昼休みに買いに行ってくれば良かったのに」

仕方のない人だ。

「いやぁ、その時はナオキ達と隠れんぼしてて……」

いつだって子どもが最優先。

「じゃあ、帰りに一緒に探しましょう」

仕事が終わってこっちはヘトヘトなのに。

「ありがと雪ちゃん!」

彼はいつだってフル充電で元気に笑う。

「あの、ここでは先生って呼んでくれませんか」

そういう所が好きなんだろう

「あぁそうでした!さぁ、後片付けやっちゃいますか!リュウトのかっけーティッシュボックス見ました?多分どっかに中身捨てられてますよ」

「……」